モジャブログ

モジャです。何かしらじぶんペースで書いていきまーす。。

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転職5回経験した僕の仕事辞める、転職って話

 

どーももじゃです。

4月に入り春めいてきました。

新社会人の皆さんには頑張ってもらいたいですね。(お前が頑張れよ・・・)

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僕も新社会人なりたての時は希望を持って社会に出ていったのです。

が、僕はいろいろ失敗など紆余曲折があり5回転職しました。

この記事で僕の社会人生活や仕事を辞めた時のエピソードを書いてみようと思います。

 

 

1回目就職:自衛隊

高校3年間ではやりたいことも見つけられず

僕の社会人デビューは親族に言われるがまま自衛隊に入隊しました。

入隊してからは新隊員教育期間を過ごし

一般隊員となり希望通りの地元の駐屯地に配属となりました。

まぁ結果を言ってしまえば、先輩との集団生活に耐えきれず逃げました。

新隊員教育期間は同世代の仲間が出来、きつい毎日でしたが充実していたのですが、

一般隊員では5人部屋で先輩と一緒の生活となり、24時間気を使いっぱなしの生活と

毎日のランニングと装備の手入れで「自分何やってんだろう?」って

気持ちになってしまい、嫌気がさしてしまいました。

それで辞めると決めたのですが、この時の辞め方がなかなかの失敗でした。

僕を自衛隊に勧誘した親族に相談の電話をしました。辞めたいと。

するとなぜか、その話が所属していた隊長のところまで行ってしまい

そのまま隊長と話し辞めるということになったのですが、

直属の上司である班長が気に食わないと僕を呼び出し怒り始めたのでした。

まぁ確かに怒る気持ちもわかりますが。

なぜこんなことになったかというと、

相談をした親族も自衛官で、その電話を聞いていたほかの自衛官

僕の所属部隊の隊長とつながっていたらしく勝手に告げ口してたんですって。(# ゚Д゚)

僕も話をしなくてはいけない順序くらいわかっています。

ところがもう怒りで話を聞いてくれない班長

落ち着けよと心の中で思いながらも、こんな器の小さい人の下で働くのも嫌だなと

辞めるという思いを加速させたのでした。

自衛隊では器の小さい大人、告げ口をする大人に出会えたので

こうはなるまいと心に刻みました。

 

辞めるって話を誰にするかって話です。直属の上司からってことですね。

自衛隊では辞める隊員に対しその後の就活を支援してくれる制度もあり次はすぐに

決まりました。

 

2回目就職:警備会社

自衛隊の支援により警備会社に転職することが出来ました。

ここで東京進出です。

地方の僕はそれだけでわくわくでした。

仕事が始まると先輩方は優しくて面白く、仕事も楽で

これは転職成功だぁと思っていました。

が、仕事が楽過ぎました。暇で暇で12時間から24時間ずっと受付に座って

ビルに入ってくるお客さんに入館カードを渡す、そしてたまの見回りだけ。

暇すぎるのも苦痛でした。もっと仕事内容など検討するべきですね。

それに加えて通勤時間が長すぎました。

長い通勤時間と長い勤務時間でせっかくの休みも寝て終わりな生活の繰り返しで

どんどん精神が病み(闇)そんな精神状態なので

ついに事件を起こします。大遅刻です!( ゚Д゚)半日寝過ごしました。

そんな状態で仕事が続くわけもなく、マネージャーと話し退職すると報告しました。

(マネージャー:この時の直属の上司です!自衛隊の失敗を糧に!)

 

先輩との関係も良かったのに仕事の内容で失敗しました。

しかっりとした下調べが大事です。

また、仕事内容が自分に合っているかどうかを見極められれば良いですね。

(それができないんじゃ(# ゚Д゚))

それから通勤時間って結構重要だと思いました。

なにやら通勤時間と幸福度は関係があるみたいで、通勤時間長くなると幸福度が

低くなるというデータがあるようですね(;・∀・)

 

3回目就職:電気工事(アルバイト)

これは就職といっていいのか・・・東京で出来た友達の紹介で

個人で電気工事をやっている方のところで働かせてもらうことになりました。

とりあえずの仕事だったので初めからそんなやる気もなく。(すごく失礼・・・)

それでも親方に怒られる時もありましたが、楽しく働けていました。

それでもやはり「ずっとこの仕事で」という気持ちはなかったので、辞めようと

気持ちはなっていたのですが親方がなかなかいい人で言いだせずにいました。

そんな中、辞めるきっかけとなったのがスノボでした。

歩けなくなるくらいの捻挫をしてしまいました。

足を痛めたので行けなくなりましたと電話。

そのまま数日後やはり辞めますと電話しました。

 

親方がすごくいい人でした。

(クズを使ってくれていた時点で神‼)

辞める僕の電話で「いつでも戻ってこい」と。

・・・泣きました。そんな優しくしないで!

ありがとうございました!お世話になりました!

 

4回目就職:鉄筋屋

電気工事のアルバイトを経て、現場で働くことに良さを感じ(良い親方のおかげ)

4回目の就職に現場仕事の鉄筋屋を選びました。

父親のコネをフルに使って就職しました。

(小さな会社だけど父親がその会社のナンバー2にまで上り詰めていたので

叶った就職です。ありがとう、お父さん!)

やはり現場の職人さんというのはよい方ばかりでした。

気前が良いというか、さっぱりした性格というか。(怒れば怖いけど・・・)

そんなこんなで今までの就職は1年ちょっとで辞めてた僕でしたがなかなか

充実して仕事を続けていけました。

今回の仕事を辞める理由というのが

今までの僕とはちょっと違って前向きな退職でした。

現場で鉄筋を組み立てていくうえで図面を見ているわけですが、

これを書いてみたいと思ったのです。そうですCADオペです。

ついに自分でやってみたいことを見つけられました。この時26歳でした。

26歳にしてやっとですよ。(笑)

そんなこんなで鉄筋屋を退職することに決めたのです。

 

5回目就職:の前に職業訓練

ということで、CADを学ばなければ何も始まらないということで

職業訓練に行くことに決めました。

CADやってみると楽しい楽しい(笑)

もともと小さいころからゲームが大好きだった僕はなんだかゲームをやっている

ような感覚ですごい楽しい気分でした。

それよりもこうして何かを学べるということがうれしかった感じです。

それこそ自分でやりたい事を学べるのでうれしさ倍増でした。

学生時代に将来一生をかけてやりたい事を見つけられる人っているんでしょうかね?

スポーツとか何かすごい才能がある人は別として、僕のような凡人(それ以下かも?)

は学生時代の間にみつからない人がほとんどじゃないでしょうか?

僕は高校卒業して8年かかってこれを仕事にしたいってことが見つかりました。

就職回数が面接で不利になるなんて話もありますが、果たして全てがそうでしょうか?

中には本当にやりたい事を見つけるための転職回数って人もいると思うんですけどね。

そういう転職なら、僕は胸を張っていい転職回数だと思います。

やってみないとわからないですからね。

 

5回目就職:地元板金会社で設計担当~現在

CADをしっかり学び、望み通りCADオペレーターとして働くことが出来てます。

まぁ大小なり不満はありますが(笑)

今はこの仕事を辞めるということではなく

収入を増やすべく試行錯誤している最中です。

 

今の状況に転職を繰り返してよかったと思っています。

今までの転職があったから今があるわけで。(何かのセリフっぽい・・・)

過去の経験が話のネタになったり、

たくさんの人と出会えたことで目標あるいは反面教師の人が出来たり、

恋人が出来たり(今の妻です、子供も生まれました。私事です。)

全てが僕を形成している一部になっています。

 

最後に

僕個人の意見ですが・・・

なにをするにもやってみないとわからないと感じます。

実際僕は5回転職していろいろ経験して「これやりたい!」と見つけることが

出来ました。人によっては1回2回で見つかる人もいれば10回の転職って人も

いらっしゃるでしょう。それも僕は必要な転職なんじゃないかなと思います。

高校卒業したての頃の僕のようなクズだっていろいろ経験して今は結婚して子供授かり

一生懸命仕事してます。偉そうなことは言えませんが、

新社会人の皆さん、頑張って本当にやりたい事見つけてください!

 

記事なっがーーー(笑)